普通級に適応できずに不登校になった小学生1年生のアオ、情緒支援級に転籍し、再登校にチャレンジしています。
16・17週目
トピックス・前進
- 朝から下校時刻まで毎日登校を継続!
- ひらがながだんだんと形になってきた!
- 繰り上がりの計算もだんだん正確になってきた!
- 支援級内でゲームで勝ち負けが決まっても落ち着いて他の子を認められた
- 終業式に正装(白シャツ・黒パンツ)で登校できた
- 忘れ物に自分で気が付き、先生に報告できた
- 顔立ちが一層リラックスしてきた
- 同じクラスの友達に帰りのあいさつができた
最近の学校では毎日先生方が門で待っているんですね。
寒くても暑くても定位置にニコニコして待っている先生方に頭が下がります。
毎日校長先生に朝のご挨拶をしているためか、校長先生にも親しみが出てきたようで、帽子を忘れた日には「帽子忘れちゃいました」と報告ができました。(帽子の上からフードをかぶって出ているため母気付かず…)
筆箱を忘れた日もありましたが、ペンを借りてしのいだそうです。
筆箱は、ほぼ母でやっている「学校準備」をさせようと努力した結果、初日に忘れていったので、やめました…。鉛筆削ってそのまんま忘れていきました…。
トピックス・後退
- 幼児返り続行(でもだんだん軽度に)
手を放す勇気
子育て四訓
1.乳児はしっかり 肌を離すな
2.幼児は肌を離せ 手を離すな
3.少年は手を離せ 目を離すな
4.青年は目を離せ 心を離すな
16・17週はアオは落ち着いて登校できていて、どちらかと言えば、母である私が、手を放して見守る勇気を持とうと努力した週でした。
不登校初期に「私しかこの子を守る人はいない!」とばかりにガルガルした母。お互い苦しんだ不登校・再登校ではありましたが、社会につながった子供とは裏腹に、母は社会を失った状態にありました。
2学期最後のスクールカウンセラーさんとの面談では、「学校に任せていく」 と何度も自分で宣言しながらできない自分について話ました。
話を聞いていただく中で、この学校は任せていけると思える環境であること、子供も落ち着いた状態になったことは学校のご協力の成果であり、学校全体で彼を支援してくれると何度も言ってくれたことを思い出し、手を離せないのは自分の気持ちだけがネックであると確認できました。
週に1度しか来ないカウンセラーさんの時間をたくさんいただいてしまいましたが、定期的に話を聞いていただいたのは本当に良かったと思います。
不登校で傷ついたのは子供だけではありませんでした。
一度失った学校教育への信頼を取り戻し、親自身が学校と関係を結ぶことは、不登校からの復帰に重要な要素であったと思います。
裏目に出る賢さ
1日、帰ってから自宅学習をしたくないとごねた時がありました。
ただ「やることが大事」というだけなので、10分とかからない量なのですが、ダメな時は本当にダメ。
ごねた理由は、
「だんだんと勉強増やされていて不満」
毎日オリジナルスケジュールを先生が作ってくださって学習しているのですが、「その前日から帰りの学習の後のタブレット休憩がなくなった」と。
「今週だけでもう20分減ってる!」と。
1休憩10分で、2回減ったので20分。
なぜ10+10=20はわからない(答えたくない)のに、
減ったのに気づいての足し算はばっちりなのか。
アオはちょいちょいこういうことがあります。
1年生だと気づかない子も多いような変化に気づき、さらにネガティブに捉えて、定量的に報告できる。
賢さ無駄遣い…
学校はゲームするとこじゃない。まだそれでも時間長い。
学習の遅れを取り戻し、みんなと授業に出られるようにしてあげたいという先生の気持ちを受け取れ
と説得したところ
「じゃぁ家はいいよね!明日はやるから」
とのことでその日は許しました。
小声になっていた翌日ですが、気持ちが戻っていたようで、学習できました。
まぁ、1日くらい、宿題やらない日があってもいいわ別に。
もはや100%の勝負はしない。
これから
行き渋り0でむしろ親が急かされるくらいの時もありますので、「いけない」という心配はしていません。
活動を増やしていくうちにいろいろなことは起こるだろうと思いますが、一旦、「学校に戻そうと努力するだろう」という点では、2学期の始まりからずいぶんと心境が変わったものです。
それでも3学期はまだ「再登校」のように思っています。
「保健室登校(支援級引きこもり)からの脱却」を2年生までに努力できる土台を整えておく期間。おそらく、本格的な1年生のやり直しが必要となるでしょう。
ここからのステップは、より複雑に、より細かくなっていくでしょうが、先生にお任せしつつ、協力して進めていきたいと思います。
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